『MMTとケインズ経済学』経済の本質に迫る知的冒険

永濱利廣氏の著書『MMTとケインズ経済学』は、現代日本の経済政策を考えるうえで避けて
通れないテーマを、非常に読みやすい文体と明晰な論理で紐解いてくれる一冊です。
経済学というと小難しく聞こえるかもしれませんが、本書はまるで著者が読者に語りかける
ように、専門用語を噛み砕きながら丁寧に説明してくれます。
私は経済学の専門家ではありませんが、最後まで夢中で読み進めることができました。
この記事では、その魅力を大きく三つの視点からご紹介したいと思います。
■ 1. 「MMT」とは何か?素朴な疑問への明快な答え
まず特筆すべきは、永濱氏が扱うMMT(現代貨幣理論)というテーマの丁寧な解説です。
MMTはここ数年で話題にのぼることが増えた理論で、「政府は自国通貨を発行できるのだか
ら、財政赤字を気にせず積極的に支出すべき」という主張が特徴です。
アメリカの政治家アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏の発言などをきっかけに日本で
も注目を集めましたが、「本当にそんなことが可能なのか?」という素朴な疑問を抱く人も多
いはずです。
永濱氏はこの疑問に対して、単なる理論の紹介にとどまらず、「貨幣とは何か」「政府と中央銀
行の関係」「インフレとは何が原因で起きるのか」といった根本的な論点にまで踏み込んで解
説してくれます。
たとえば本書では、「お金はそもそも信用によって成り立っている」という点を強調し、「だ
からこそ政府が信頼されている限り、国債を発行しても通貨は暴落しない」と論じます。
この部分を読んで、「お金の価値って、ただの紙じゃないんだ」と改めて考えさせられまし
た。
■ 2. ケインズ経済学との対話:過去と現代の架け橋
『MMTとケインズ経済学』のもう一つの大きな魅力は、MMTという現代的な理論と、ケイ
ンズ経済学というクラシックな理論を丁寧に比較し、それぞれの価値と課題を明らかにして
いる点です。
ケインズ経済学は、1930年代の世界恐慌を背景に登場した理論で、「政府の積極的な介入に
よって経済を安定させるべき」と主張します。
MMTもまた政府の積極的な財政出動を支持しているため、「MMTはケインズの再来だ」と言
われることもありますが、永濱氏はこの「似ているけれど違う」部分をとてもわかりやすく
示してくれます。
たとえば、ケインズは「有効需要の不足」を重視し、不況時の政府支出を促しましたが、
MMTは「貨幣発行の主体である政府の力」に注目します。
つまり、ケインズは「支出の必要性」に重点を置き、MMTは「支出の原資」に注目している
のです。
永濱氏はこうした違いをふまえ、「今の時代に適した政策は何か」という問いを立てます。
これは単なる理論書ではなく、「現代の政策提言」としても読むことができる部分で、非常に
興味深く読み進められました。
■ 3. 日本経済への提言:「失われた30年」から抜け出すヒント
本書のクライマックスとも言えるのが、MMTとケインズ経済学を踏まえた「日本への提言」
です。
永濱氏は、日本が1990年代以降「失われた30年」と呼ばれる経済低迷を経験してきた背景
には、過度な財政規律志向があると指摘します。
「プライマリーバランス黒字化」を最優先するあまり、本来必要だった支出が削られ、経済
成長の芽が摘まれてきた――この指摘には多くの読者が共感するのではないでしょうか。
そして永濱氏は、こうした状況を打破するためには、「インフレ率が適切な範囲に収まってい
る限り、財政支出を拡大すべき」と述べます。
これはまさにMMT的なアプローチですが、決して無制限の支出を勧めているわけではありま
せん。
「インフレ率をアンカー(目印)として、経済を管理すべき」という提案は、非常に現実的
かつ説得力があります。
また、日本の少子高齢化という構造的課題に対しても、永濱氏は「積極財政こそが長期的な
解決策になりうる」と述べています。
たとえば、子育て支援や教育への投資は短期的には支出ですが、長期的には人的資本の充実
につながり、経済の活力を取り戻す鍵となる、という主張には大きくうなずかされました。
■ 読後感:経済を「人の営み」として捉え直す
読み終えて感じたのは、永濱氏の経済観が非常に「人間中心」であるということです。
経済とは単なる数字のやりとりではなく、人々が安心して生活し、未来に希望を持てるため
の仕組みなのだ――そうした想いが本書の随所から伝わってきます。
特に「財政赤字=悪」と決めつけるのではなく、「それによってどんな価値が社会に生まれる
か」を問う姿勢には、経済学が本来持っているはずの哲学的な深みを感じました。
また、永濱氏が「MMTを無批判に信奉しているわけではない」という立場を明確にしている
点も、本書に信頼感を与えています。
理論を盲信するのではなく、それぞれの長所と限界を見極めながら、現実に即した解決策を
模索する姿勢に、誠実な知性を感じました。
■ まとめ:現代経済の「羅針盤」となる一冊
『MMTとケインズ経済学』は、現代の日本が直面する課題に真正面から向き合い、「何をど
うすればいいのか」を理論と実例を通じて丁寧に導いてくれる良書です。
経済に詳しくなくても、読み進めるうちに「自分たちの暮らしと経済がどうつながっている
のか」を自然と考えるようになります。
政治家、経済政策立案者はもちろん、日々のニュースにモヤモヤを感じている一般の読者に
も、強くおすすめしたい一冊です。
これからの時代をどう生きるか、そのヒントを与えてくれる――まさに現代経済の羅針盤と
も言える存在でした。
参考文献:『MMTとケインズ経済学』
著者:永濱利廣
出版社:ビジネス教育出版社





